「坂の上の雲」第2巻では、李氏朝鮮の内乱に乗じて日本と清が朝鮮半島の主導権争いを演じた日清戦争
1894~95年)の時期が描かれます。
秋山真之が日本海軍の「観戦武官」として一部始終を見届け、日露戦争の作戦立案の参考にした米西戦争
(1898年)の顛末も。
第2巻の印象に残った場面と感想を3つ、ご紹介します。
司馬さんの歴史レッスン|日清戦争は「軍部独走」の最初の事例だった
19世紀末、李氏朝鮮は内乱で機能不全に陥り、実質的な宗主国の清に出兵を依頼します。
日本はこのころから、朝鮮半島が大国の手に落ちることを恐れていました。
朝鮮半島が清、あるいはロシアの手に落ちれば、対馬海峡のすぐ先にある日本は格好の侵略の的になってしまう—。
そんな恐怖から、日本は「朝鮮の独立保持(本音は、緩衝国家としての存続)」を訴えて、清による一方的な占領に歯止めをかけるべく出兵します。
首相・伊藤博文の出兵抑制論をはねつけた陸軍参謀・川上操六
時の首相・伊藤博文の狙いはあくまで「清との勢力均衡」でした。
しかし、陸軍参謀だった川上操六は、はじめから清を叩くつもりでした。
閣議で出兵を決めた後、伊藤博文は川上操六に「派遣する兵の数をできるだけ抑えよ」と命じます。
しかし川上操六は「あなたの指図には及ばない。出兵が決まった以上、ここから先は軍の裁量だ」といってはねつけます。そして大量の兵を送り込み、清を刺激し、あっという間に戦争に持ち込みます(しかも、あっという間に勝ってしまいます)。
川上の反発の根拠は明治憲法「天皇の統帥権」規定|首相には軍の指揮権がない
川上操六が首相に真っ向から逆らった理由は、明治憲法の規定にありました。
「天皇は陸海軍を統帥す」という一文がそれです。”軍の最高指揮権は、首相ではなく天皇にある”という意味です。
司馬さんは「翔ぶが如く」の中でも「天皇の統帥権問題」に触れています。それによれば、明治憲法にこの規定が盛り込まれたのは、軍部の反乱を防ぐ目的だったそう。天皇の重しをつけておけば抑止力になるだろう、と。
昭和に入り、軍部がこの規定を盾に内閣のコントロールをはねつけ、大暴走にいたるのは皮肉としか言いようがありません。反乱を防ぐための規定が、反乱を正当化する根拠になったのですから。
日清戦争時の陸軍参謀・川上操六にはそこまでの野心はありませんでしたが、少なくとも、清との全面衝突を回避したい首相の意向をないがしろにして大部隊を動かし、日本を戦争へとなだれ込ませたわけです。
「軍部が政府の意向に沿わず独走した最初の事例」として、司馬さんはこの話を「坂の上の雲」2巻で詳しく描いています。
いつの世も、政治家は戦いを避けようとし、軍人は戦いを望むものらしい—ということは、このあと、日露戦争に至る過程を見てもよく分かります。
文民統制ってやっぱり大事なのね…ということも実感できます。歴史って、学び直すとおもろいですね。
どんな戦場でも動じない秋山好古の背骨は「職業人の義務感」
秋山好古は陸軍騎兵少佐として、日清戦争に参加します。騎兵大隊を率いて遼東半島に上陸します。
のちの日露戦争を含め、どんな戦場でも顔色一つ変えずに弾雨の中に身をさらし、騎兵を指揮した好古は、同時代のあらゆる人から「最後の古武士」とか「戦国武士の再来」と呼ばれたそうです。
好古がかつて弟の真之に語ったという言葉が、日清戦争に臨む場面で挿入されます。
――いくさは、たれにとってもこわい。
と、好古はかつて弟の真之に語った。うまれつき勇敢な者というのは一種の変人にすぎず、その点自分は平凡なものであるからやはり戦場に立てば恐怖が起こるであろう。
「そういう自然のおびえをおさえつけて悠々と仕事をさせてゆくものは義務感だけであり、この義務感こそ人間が動物とはことなる高貴な点だ」
好古は幕末に下級武士の家に生まれていますが、数えで10歳のときに明治維新を迎えており、武士として教育を受けていたわけではありません。家が貧乏だったために、幼少期は銭湯で働いていました(江戸時代の武士は、大人も子供も基本的に賃金労働などしません)。日当は、天保銭1枚(=100文)。わずかな日当で、山で水をくみ、薪を拾い、釜を炊き、番台に立っていました。
貧しい境遇にあった好古は10代の終わり、「官費で学べるから」という理由で師範学校に進み、教師になりました。本来、穏やかで心優しい人物です。のちに、やはり「官費で学べるなら」という理由で陸軍兵学校に進み、軍人の道に入ります。
勇猛なわけでも、命知らずなわけでもない。自分を磨いて身につけた「義務感」によって、恐怖を抑え込んで戦場に臨む。好古がいう「義務感」とは、かつての時代の「武士の精神」を自分の言葉で言い換えたのでしょう。
武士として育てられたわけではないけれど、その精神を引き継ぎ、磨き上げた男、好古。
作中には、好古の人柄に魅了される人がたくさん現れます。その魅力の一端が垣間見えるエピソードとして、ご紹介しました。
正岡子規と秋山真之、親友同士の最後の長い対話
日清戦争のあと、秋山真之はアメリカ、イギリスに駐在し、古今東西の戦史を学んで「戦略・戦術の天才」としての素地を築きます。観戦武官として見届けた米西戦争についての詳細なレポートは海軍幹部に高く評価され、のちに日露戦争の作戦立案を一手に任されることにつながります。
日本に戻った真之は、結核に加えて脊椎カリエスを患い、臥せりがちだった親友・正岡子規を見舞って語り合います。
真之と子規がじっくり語り合う場面は…悲しいことに、これが最後です。
真之はこんなことを子規に語ります。
日本というのは悲痛な国よ。
欧州をまわってみると、みな産業によって国が富んでいる。日本というのはまだまだ農業のほかろくな産業を持っていないくせに、ヨーロッパの一流国と同じ海軍をつくろうとしている。
それも一流の軍艦をそろえたがる。
そのエナージーのひとつは恐怖だ。外国から侵されるかもしれぬという恐怖が明治維新をおこし、維新後はこのような海軍をもつにいたった。しかし残念ながら、軍艦は小艦艇をのぞいてみな外国製だ。
子規の言葉「変化がないものは腐敗する」「固陋はいけんぞな」
子規はこの話を聞いて、自分の俳句・短歌論をもって真之に説きます。
子規はこのころ、陸羯南が発行する新聞「日本」の社員として、文芸欄を担当していました(並行して、同人誌「ホトトギス」の編集も手掛けていました)。
このころ「日本」に連載した「歌よみに与ふる書」の第7回では、むかしながらの大和言葉しか使わない固陋な歌壇について「変化を拒絶しているから進歩がないのだ。外国語をどんどん取り入れろ」と痛烈に批判していました。
和歌の腐敗というのは、要するに趣向の変化がなかったからである。なぜ趣向の変化がなかったかといえば、純粋な大和言葉ばかり用いたがるから用語が限られてくる。そのせいである。そのくせ、馬、梅、蝶、菊、文といった本来シナからきた漢語を平気で使っている。(中略)
つまりは、運用じゃ。英国の軍艦を買い、ドイツの大砲を買おうとも、その運用が日本人の手でおこなわれ、その運用によって勝てば、その勝利はぜんぶ日本人のものじゃ。ちかごろそのようにおもっている。固陋はいけんぞな。
競争は、固定概念に囚われたらもう負けている
この子規の言葉に感化され、真之は、欧米視察で感じてきたことを話します。
軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがらがいっぱいくっついて船あしがうんとおちる。人間も同じで、経験は必要じゃが、経験によって増える智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。(中略)
人間だけではない。国も古びる、海軍も古びる。かきがらだらけになる。(中略)
海軍軍人のあたまも、すぐ古くなる。もう海軍とはこう、艦隊とはこう、作戦とはこう、という固定概念がついている。おそろしいのは固定概念そのものではなく、固定概念がついていることも知らず平気で司令官室や艦長室のやわらかいイスにどっかとすわりこんでいることじゃ。
米西戦争では、固定概念に凝り固まった玄人集団のスペイン海軍が、常識にとらわれず合理的だと思うものをどんどん取り入れた素人集団のアメリカ海軍に負けた――ということも子規にとつとつと語ります。
軍事は技術の世界です。常に、もっと性能の良いもの、もっと合理的なものを取り入れていかないと、あっというまに置いていかれ、いざ戦いになればコテンパンに負かされてしまう。そんな厳しい世界に身を置いている真之が、どのようにしてロシアの艦隊と渡り合うのか。今後の展開が楽しみになる場面です。
そして、子規もまた俳句・短歌の世界で「刷新」を掲げて固定概念と闘った人であることも、この場面から分かります。
「坂の上の雲」2巻のハイライトともいえる名シーンです。
そして次の3巻では、はやくも子規との別れが訪れてしまいます…
司馬遼太郎さん「坂の上の雲」第2巻
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NHKドラマ「坂の上の雲」は2009年から足掛け3年にわたって放送された超大作。
秋山好古役は阿部寛、秋山真之役は本木雅弘、正岡子規役は香川照之です。
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