2015年の直木賞小説「流」|タイトルの読み方は「りゅう」

同時発表の芥川賞が又吉直樹さん「火花」だった年です
東山彰良さんの小説「流(りゅう)」は、東山さんのルーツでもある台湾が舞台の小説です。
暴力と死と、爆発するようなエネルギーにあふれた、熱が噴出してくるような小説です。
2015年の第153回直木賞受賞作。「20年に1度の傑作」と激賞された素晴らしい作品です。
同時に発表された芥川賞がこのとき、又吉直樹さんの「火花」だったことで、話題を持っていかれた感がありますが…
「流」のあらすじ
主人公は台湾の少年、葉秋生(イエ・チョウシェン)
物語が始まるのは1975年の台湾。国民党のドン、蒋介石が死んだ年です。
主人公の葉秋生(イエ・チョウシェン)は17歳の高校生。進学校に通っていましたが、この年を境に運命が大きく変わります。
祖父を殺害された17歳から、犯人を突き止める26歳までの物語
蔣介石の死から数か月後、秋生の祖父・葉尊麟が何者かに殺害されます。
営んでいた布屋の奥にある風呂場で、手足を縛られたまま浴槽に沈められていたのです。
第一発見者は、秋生でした。
祖父・葉尊麟(イエ・ヅゥンリン)は抗日戦争上がりのならず者

葉尊麟は中国・山東省出身。かつて抗日戦争のころ、国民党配下の「遊撃隊(チンピラの寄せ集め部隊)」の一員として敵対勢力を殺しまくった人物です。山東省のかつての戦場には、「葉尊麟はこの村で56人の村人を殺した」という石碑が立っているほど。
抗日戦争のあとの国共内戦で、共産党軍に押された国民党軍が劣勢に陥ると、家族や戦友を失いながらも生き延び、台湾に逃れてきた経歴の持ち主です。
座右の銘は「有槍就是草頭王」(鉄砲があればならず者の王)
葉尊麟の座右の銘は「有槍就是草頭王」(鉄砲があればならず者の王)。台湾でカタギの布屋を営みながらも、戦地で愛用していたドイツ製のモーゼル拳銃を肌身離さず持っていました。
力こそが正義、という傍若無人な男。孫の秋生からみても「長所より短所の方がはるかに多い」人物でしたが、それでも秋生にとっては大切なじいちゃんでした。
警察はやる気ゼロで、葉尊麟を殺害した犯人の手がかりはいっこうに見つかりません。
秋生は、「祖父の仇を見つけ出す」という命題に吸い寄せられるようにして混沌の中に足を踏み入れます。
暴力と死と隣り合わせの日常|とにかく熱い1970年代台湾

替え玉受験のバイトがばれて進学校をドロップアウト
秋生は進学校に通っていましたが、のちにヤクザになる悪友・小戦(シャオジャン)にそそのかされ、あえなくドロップアウトします。原因は、小戦が持ち込んできた「頭の悪いボンボンの替え玉受験役」のバイト。
替え玉であることが即座にばれて、秋生は退学処分に。
次の行き先は、「その学校の制服を見るとみんなが避けて歩く」と言われる吹き溜まりの底辺校でした。
泣く子も黙る吹き溜まり高校でケンカ三昧の日々
吹き溜まり高校ではケンカ三昧の日々。
ケンカなどしたくなくても、吹っ掛けられるので応じざるを得ません。
大学受験もままならず、暴力と死が常に隣り合わせのジェットコースターのような日々が始まります。70年代の混沌とした台湾の雰囲気の描写も生々しくて(街はとにかく汚い)、どのページを切り取っても熱いエネルギーがほとばしっています。
幼馴染・小戦(シャオジャン)奪還のため組事務所で大立ち回り
ヤクザの世界でトラブルを起こし、リンチを受けていた小戦を救うため、船乗りの叔父・宇文とともに組事務所に乗り込む場面など、秋生もほとんどチンピラです。
北野武監督で映画化してほしい!
北野武監督が映画化したら絶対に面白い…はず。
誰かの家族を殺した者は、復讐を受ける日を待ちながら生きる
(ネタバレご注意)

それは「覚悟」か「贖罪のときを待ちわびる」心境か
「流」は、家族を殺された者の復讐の物語です。1975年に祖父・葉尊麟を殺された秋生の復讐。
そして、抗日戦争さなかの1943年、葉尊麟に家族を殺された「誰か」の復讐。
葉尊麟は、この「誰か」がいつか自分を殺しに来るのを知っていて、ずっとその時を待っていました。
そんな覚悟はおくびにも出さずに。傍若無人で破天荒な老人を精一杯演じぬきながら。
そして、葉尊麟を浴槽に沈めて殺し、復讐を果たした「誰か」もまた、同じ覚悟をもっていました。
肉親を殺された秋生がいつか目の前に現れ、自分の命を奪うときを待っていたのです。
それは「覚悟」であり、また、「贖罪の時を待ちわびる」のにも近い心境。
復讐を遂げた者は、自分の番が来て殺されるとき、同じような気持ちを味わう…
憎しみの連鎖の悲しさを、とても鮮やかに、切なく描く「流」。素晴らしい作品です。
以下、断片的な紹介になりますが、印象に残った場面、セリフを振り返ります。
「私の人生はきっと悪くない。だからあなたも大丈夫」

秋生の最初の恋人・毛毛(マオマオ)の言葉
秋生が祖父の殺害犯の手がかりを何もつかめず悶々としていたころ、初めての恋人ができます。
相手は幼馴染で2歳年上の毛毛(マオマオ)。看護師をやっているエネルギッシュな女の子です。
毛毛は2歳のとき、秋生がこの世に産み落とされる場面を見ていて、それをずっと覚えていました。秋生にとっては、いつも数歩先にいて、自分を守ってくれるような存在でした。
秋生が2年間の兵役に就く前、毛毛は2人で過ごす最後の晩を楽しもうと、秋生を違法営業の地下ディスコに誘います。ダンスフロアを遠い目で眺めながら、毛毛は秋生にこう言います。
あたしね、自分の人生はそんなにひどいことにならないんじゃないかなあって思ってるんだ。何の根拠もないけど。そのあたしが秋生を選んだの。秋生はあたしが選んだ人なの。だから、きっと大丈夫よ。
根拠がなくてもポジティブになれるのは若さの特権
青春のまぶしさと切なさを凝縮したようなセリフです。
若さとは、根拠がなくてもポジティブになれること。未来に希望を持てること。
自分が失いつつあるものを目の前に差し出されたような気がして、なんだか甘酸っぱい気持ちになった場面です。
人は不安だから、無条件に「大丈夫だよ」と言ってくれる相手を求める
生きていくのは不安なものです。
毛毛が秋生に語り掛けたような、無条件の「大丈夫だよ」を求めている人は多いのではないでしょうか。
迷える魂が求めているものの正体は「恋人の優しさ」ではないでしょう。それ以上のものです。
親の無償の愛に近いものを欲しているのかもしれません。あるいは、「救い」や「赦し」をとなえる宗教にすがる気持ちに近いかのもしれません。
…そんなことも考えさせられる毛毛のセリフでした。
「心から願ったものとは違う『似たもの』でさえ、手に入るのは奇跡」

2人目の恋人・夏美玲(シャア・メイリン)に元カノを重ねていた秋生の変化
印象に残った言葉の2つ目。秋生が2人目の恋人・夏美鈴(シャア・メイリン)に対する愛に目覚めたときの言葉です。
心から願うものが手に入らないとき、わたしたちはそれと似たもので満足するしかない。もしくは、正反対のもので。そしていつまでも、似たものを似たものとしてしか認めない。それを目にするたびに、妥協したという現実を突きつけられる。だけど、ほとんどの人は気づいていない。その似たものでさえ、この手に掴むのは、ほとんど奇跡に近いのだ。
心から願ったけど手に入らなかった毛毛
「心から願ったけど手に入らなかったもの」は、最初の恋人・毛毛のこと。
秋生は兵役を終えたあと、2年間思い焦がれ続けた毛毛にこっぴどく振られます。毛毛は医師と結婚してアメリカへ(でも、毛毛は心から、秋生のことを愛していました、2人を引き裂いた真の理由は、あまりにも居たたまれない…とても切ないものでした)。
「毛毛に似た誰か」だった夏美玲
そして、「心から願ったものとは違うけど、それと似たもの」は、2人目の恋人・夏美玲のことです。
兵役を終えた秋生は貿易の仕事に就き、ちょくちょく日本に出張するようになります。夏美玲は、日本で知り合った台湾出身の女の子です。
秋生は日本に行くたびに夏美玲と会い、いわば「都合のいい関係」を続けます。夏美玲も、心の底を明かさないまま、そんな関係を受け入れます。
2人が最初に夜を共にしたとき、初めての経験に焦る秋生が「俺の気持ちがわかるの?」と尋ねると、
夏美玲はこう答えます。
「目を閉じててもわかりますよ」「わたしたちはみんな、いつでもだれかのかわりなんだもん」
夏美玲はかつて恋人と死別した経験があり、どことなく、虚無的な雰囲気を漂わせています。
夏美玲と生きることを決める秋生
夏美玲との関係が2年に及んだころ、秋生は祖父殺しの因縁に決着をつけるために、中国本土に渡ることを決意します。そしてこの時、夏美玲に「おれが中国から帰ってきたら、結婚してくれないか?」とプロポーズします。
秋生が「心から願ったものとは違う『似たもの』でさえ、手に入るのは奇跡に近い」という思いに至るのはこの時です。
当時、台湾と中国の間は自由に渡航できませんでした。秋生は、もし無事に戻ってこられたとしても、台湾当局に「中国のスパイ」の嫌疑をかけられ、拘束される恐れがありました。だから、「俺が中国から帰ってきたら」というセリフには、「帰ってこられない可能性も十分あるんだけど、それでも」という留保が含まれています。
目の前にある現実の「かけがえのなさ」を知る
過去に囚われて、いま目の前にあるものと巡り会えた幸運に気づけない…それって、とても不幸なことです。恋愛に限らず、いろんなパターンがあると思います。受験、就職、仕事、あらゆる人間関係、あらゆる選択…。過去との比較ではなく、目の前にある現実の「かけがえのなさ」を知る。人生の教訓にせねば、と、秋生の述懐を読んで思った次第です。
「流」の楽しみ方は?
小説は講談社刊|2015年直木賞を受賞
選考委員・北方謙三が「20年に1度の傑作」と激賞
小説「流」は講談社から刊行されています。2015年の第153回直木賞受賞作。
選考委員の北方謙三さんが「20年に1度の傑作」と評したことでも有名です。
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オーディオブックもあります
ナレーターは奥田隆仁 さん
「流」はオーディオブック版もあります。ナレーターは奥田隆仁さん。「流」は中国語読みの人名がなかなか覚えられないので、耳で聴いたほうがむしろスッと入ってくるかもしれません。
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