「国盗り物語」感想 信長の「楽市楽座」の意義は?―義父・斎藤道三の「油売り」時代から知る

ようこそお越しくださいました。記事にはアフィリエイト広告やプロモーションが含まれます。それでは、ゆっくりとご覧ください。


欲しいものがお得になってる!
お得だから欲しくなる!

\amazonのタイムセール/

今日は何が安い?

買うなら今!

この記事でわかること
・織田信長の経済政策「楽市楽座」とは?
・「楽市楽座」以前の利権ビジネス、支配していたのは…意外な人たち
・京の油売りだった斎藤道三も、元締めにいじめられていた??

もくじ

楽市楽座って?

織田信長の有名な経済政策「楽市楽座」

安土城下で、商人に自由な経済活動を認めた…という程度の知識しかありませんでした。

高校の日本史の授業で習ったものの、なんでこの政策が教科書に載るほどの重要なトピックなのかがピンと来ていませんでした。

それは、「自由に商売ができなかったそれまでの時代」がどんな状況だったのか知らなかったから、でした。(習ったけど忘れたのかもしれません)。

楽市楽座以前の商売人は、どんな風に抑圧されていたのでしょうか。

司馬遼太郎さんが国盗り物語(新潮社、1971年)の序盤で丁寧に解説しているので、ご紹介します。

歴史小説「国盗り物語」について

司馬遼太郎さんの数ある作品の中でも「国盗り物語」は戦国時代ものの入り口として読むのにおススメです。

国盗り物語」→「新史太閤記」→「覇王の家」→「関ケ原」→「城塞と読んでいくと、戦国時代~江戸初期の激動の歴史がよくわかります。

作者・司馬遼太郎さんはこんな人!

  • 1923年、大阪府生まれ。大阪外国語学校蒙古語科卒。
  • 1948年、産経新聞の記者に。「大阪一の記者になりたい」が口癖だったそう。
  • 金閣寺放火事件(1950年)では、犯人の動機をいち早くスクープ。その後、文化部長に就任する。
  • 産経新聞社在籍中の1960年に「梟の城」直木賞受賞。その後、作家活動に専念する。
  • 本名は福田定一。ペンネームには「司馬遷に遼󠄁(はるか)に及ばざる日本の者(=太郎)」という意味が込められている。
  • 生誕100周年のファン投票では、人気1位「坂の上の雲」2位「竜馬がゆく」3位「燃えよ剣」だった。

主人公は斎藤道三→織田信長

「国盗り物語」の前半の主人公は、戦国時代屈指の下克上男・斎藤道三です。

道三は、京の油売りから美濃の国主まで成り上がりました。

後半は、道三の義理の息子であり、国境を接するライバルでもあった尾張・織田信長の半生が描かれます。

影の主人公は、明智光秀

ちなみに後半は、明智光秀の苦労の多い人生も細やかに描かれます。

光秀は当時少なかった鉄砲の専門家で、越前などを流浪したすえ、信長に仕官して頭角を現します。戦術家としても行政官としても優れた力量を持っていました。

とにかく優秀で、信長にその才を愛されたけれど、一方では激しく嫌われました。

主君・信長の心理を読むことが下手だったのです羽柴秀吉は完璧に読み切り、いつも100点満点の返事をして信長を満足させていました)。

たとえば武田家の勢力圏を平定した後の戦勝祝いの席で、光秀はこんなことを言いました。

光秀「われらの多年の苦労が報われました」

これが信長の逆鱗に触れます。

信長「お前がどれだけの貢献をしたっちゅうんじゃ!!」

怒り狂った信長は躍り出て光秀の首根っこをつかみ、光秀の頭を欄干にガンガン打ち据えた、という話が伝わっています。

光秀の苦労など、俺の苦労に比べたら何分の一か」という思いだったのでしょう。

読者は光秀への同情と感情移入を禁じ得ません。

このあたり、主人公は光秀か?と思うくらいです。

余談:信長と光秀の関係は「進撃の巨人」のエレンとライナーのよう

「国盗り物語」での信長と光秀の構図は、諌山創さんの「進撃の巨人」におけるエレン・イエーガーライナー・ブラウンの関係に似ています。

主人公・エレンは泣く子も黙る「始祖の巨人」を身に宿します。でも、その力を使いこなせません。

エレンはやがて、封印された巨人の力を解き放つ条件を悟ります。

何をしでかすか分からない恐怖の男・エレン

それ以降、味方のエルディア国にとっても、読者から見ても「何を考えているのかわからない不穏な存在」になっていきます。

もともと、単純で熱しやすい暴走キャラだったのが、急に人変わりしたように何も語らなくなります。

一方のライナーは最初、頼れる兄貴キャラとして登場しました。

彼は「鎧の巨人」の力の持ち主。

エレンの「始祖の巨人」の力を奪うために、敵国・マーレからエルディアに潜入しています。

苦労人で繊細なライナー

物語の後半、ライナーの悲しい身の上と繊細な精神が明らかになるにつれ、ライナーは読者にとって感情移入しやすい存在になっていきます。

絶対的な力を持ち、何をしでかすかわからない恐怖の男・エレンは、信長とイメージが重なります。

祖国マーレで辛酸をなめ、苦難の末に名誉ある「鎧の巨人」の力を継承したものの、一向に救われないライナーは、能力を頼みに世を渡ってきたが、内向的で器用に立ち回れない光秀と似ています。

\31日間の無料トライアルつき!/

美濃の蝮・斎藤道三の「油売り」時代

美濃の支配者にまで昇りつめる「蝮」こと斎藤道三の「国盗り」は、実際には父子2代にわたる事業だったーーという説が有力だそうです。

小説では「国盗り」事業は道三の一代記

つまり、油売りだったのは道三の父で、その父が美濃の国主・土岐氏の家臣に仕官し、家督を引き継いだ道三がついに国主・土岐頼芸を追い落とした、ということらしいです。

でも「国盗り物語」は、道三の一代記として描かれます。

その方が、小説としては間違いなく面白いですからね。

国盗りの前に「嫁取り」と「奈良屋乗っ取り」ーという筋立て

油売り時代の道三は「松波庄九郎」と名乗っています。

ちなみに物語は、日蓮宗の妙覚寺で修行していた庄九郎が、僧房を出たところから始まります。

庄九郎は「国主になる」という野望を秘めていますが、徒手空拳の身。

まず、油を扱う京の大店「奈良屋」の女主人、お万阿に自分の魅力をこれでもかと見せつけます。でも決して手を出さず、じらしまくってメロメロに惚れさせた末に、わがものにします。

そしてまんまと、京随一の富商の婿とります。

国盗り」の一歩目は、「嫁取り」と「奈良屋乗っ取り」から始まるーーという筋立てです。

売っていたのは荏胡麻油

当時の油売り商人が扱っていたのは、荏胡麻油

食用ではなく、明かりのため

このころの用途は食用ではなく、灯火用です。

燃やしてしまうなんて、何とももったいない。でもこの時代、まだろうそくは普及していませんでした。

油の販売許認可制に苦しむ若き道三

司馬遼太郎さんは、「説明するに従って読者は興をうしなうであろう」と言いつつ、

当時の商売のしきたりを詳しく解説してくれています。

元締めは「山崎八幡宮」

荏胡麻油の販売許認可権は、

山崎八幡宮

という神社が握っていました。

油の製造・販売を生業にしたければ、この神社に願い出て金を払い、

朱印状(営業許可証)」

を得なければならなりません。

しかも、朱印状の有効期間は1年

奈良屋のような商家は毎年毎年、元締めの山崎八幡宮にお金を支払っていました。

「座」とは元締めを中心とする同業者組合のこと

山崎八幡宮のような、製造・販売の許認可権を握る「元締め」を中心とする同業者組合のことを「」といいます。

このため、山崎八幡宮はたいそうお金を持っていたそうです。「国盗り物語」にはこのように書かれています。

山崎八幡宮は、なまなかな大名よりも富強で、境内の蔵々には金銀がうなりをあげているといわれた。

司馬遼太郎「国盗り物語」(新潮社、1971年)

無許可で販売すると「神人」がおしおきに来る!

勝手に油を売ったり、あるいは朱印状の更新を怠ったりするとどうなるか。

神人(じにん)」と呼ばれる神社お抱えの武装集団が押し寄せ、店を叩きつぶしてしまうのです。

国盗り物語」にも、神人が奈良屋を打ちこわす場面が出てきます。

庄九郎は持ち前の戦略と交渉術を駆使して、店を「山崎屋」として再生します。

「お万阿の店」から、自分名義の店へと巧みに衣替えしてしまうのです。

ちなみに「神人」という不思議な存在については、

網野善彦さんの「日本の歴史をよみなおす(全)」(ちくま学芸文庫、2005年)に詳しく書いてあります。個人名が出てこない、不思議な歴史本。とても読みやすくて面白いです。

なぜ山崎八幡宮は強大な利権を持っていた?

なぜ山崎八幡宮がこんな利権を持っていたのでしょうか。

司馬遼太郎さんは、

おそらく、没落同然の足利将軍家は、こういう許可権をあたえることで、八幡宮から金をとっていたのであろう。

司馬遼太郎「国盗り物語」(新潮社、1971年)

と推理しています。ちなみに山崎八幡宮が油の専売権を持っていたのは戦国時代まで。

国盗り物語」は1963年から1966年まで、雑誌「サンデー毎日」で連載されていました。

司馬さんは執筆当時の山崎八幡宮の様子も記しています。

荏胡麻油の利権で潤っていた往時をしのばせる「へえ~」と思うようなエピソードがあります。

ぜひご一読を。

ちなみに山崎八幡宮はいまも残っており、「離宮八幡宮」という名前で親しまれています。

楽市楽座とは「座から解放する=自由に商売してよし」の意味

「楽市楽座」以前、あらゆる商品の利権を神社やお寺が握っていた

製造・販売の利権を特定の勢力が握っていたのは荏胡麻油に限りません。

司馬遼太郎さんはこのことについても解説しています。

ほとんどの業種の商工業は自由に開業できなかった。許可権を、それぞれ特定の有力社寺が持っていた。社寺、といっても中世の有力社寺は宗教的存在というよりも、領地を持った武装国である。神聖権と地上の支配権をもち、それらがそれを背景として商工業の許可権をもっている。奈良の興福寺大乗院などは、一つの寺院で、塩、漆、こうじ、すだれ、菰など、十五品種にわたる商工の権を握って、そこから得る収入はばく大なものであった。

司馬遼太郎「国盗り物語」(新潮社、1971年)

この中世の超ドロドロ利権ビジネスをぶっ壊したのが「楽市楽座」でした。

信長は「合理的でないもの」をすべて変えようとした

この政策を実行した織田信長が、義父・斎藤道三(あるいは道三の父)の油売り時代の苦労を知っていたかどうかはわからないけれど、

とにかく信長は「合理的でないもの」を全部変えようとしました

たとえば、関所の通行料を撤廃しています。

社寺が商売の利権を握っていることも、我慢ならない非合理だったのでしょう。

(そして信長はそもそも、神も仏も「非合理だ」として頭から信じていませんでした)

先ほども書いた通り、利権を握る神社・寺を中心とする同業者組合を「」といいます。

とすれば「楽座」の「」とは「free(解放する)」の意味なのでしょう。

「楽座」とは、「座から解放する=自由に商売してよし」という規制緩和政策だったのですね。

司馬遼太郎さんの「戦国もの」読むならこの順番で!

司馬遼太郎さんの数ある作品の中でも「国盗り物語」は戦国時代ものの入り口として読むのにおススメです。
以下の順番で読み進めると、戦国期の覇権の移ろいがよくわかります。

STEP

国盗り物語

美濃の国主に成り上がった斎藤道三と、道三の娘婿・織田信長が天下統一に迫るまで。
己の技量だけ頼みに世を渡る不器用な男・明智光秀の苦労人ぶりが泣けます。

STEP

新史太閤記

貧農の子から織田信長の草履取りに召し抱えられ、天才的な行動力と交渉力、天性の「人たらし」ぶりでやがて天下統一を果たす豊臣秀吉の一代記。城攻めの発想の天才ぶりには改めて驚嘆します。譜代の家臣がいないゆえの政権のもろさ人間力でカバーしてきた苦労もよくわかります。

STEP

覇王の家

今川家で人質として過ごした幼少期から、織田信長にこき使われ、武田信玄に蹴散らされ、豊臣秀吉に対抗する勢力になるまでの徳川家康の物語。譜代の家臣であっても、死ぬほど気を遣う人心掌握術の繊細さが描かれていて面白いです。と

STEP

関ケ原

秀吉がこの世を去ったあと、豊臣政権のルールをぶっ壊そうとする徳川家康と、豊臣政権の秩序を維持しようと奔走する石田三成が主人公。結局、「次は家康の時代」と踏んだ多くの有力大名が家康の側につきます。天下分け目の関ケ原の合戦はわずか1日で集結しますが、三成の家臣・島左近の漢っぷりと、負けると分かっていながら誰よりも勇猛に戦った三成の盟友・大谷吉継の散りざまが泣かせます。

STEP

城塞

晩年になって突如、豊臣秀頼を滅ぼそうと決心した徳川家康。あの手この手で嫌がらせをしかけ、大阪城にいる秀頼陣営を揺さぶります。いよいよ戦(大坂の陣)、という段になって、大阪城には関ケ原で苦杯をなめたかつての武将が次々にはせ参じます。ところが秀頼陣営はろくなブレーンがおらず、真田幸村、後藤基次といった知将・猛将の力を十分に生かせません。なんとも歯がゆい豊臣家の滅亡をめぐる物語。

司馬遼太郎さんの歴史小説はkindle版もあります!

今回ご紹介した「国盗り物語」のほか、

「新史太閤記」「覇王の家」「関ケ原」「城塞」はすべて電子書籍でも読めます。

kindleアンリミテッドなら、30日の無料体験つき。無料期間終了後は月額980円です。

まとめ読みしたい方は、サブスク型のkindleアンリミテッドがおすすめです!

司馬遼太郎作品をkindleで無料体験

こちらの記事もオススメです!

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

お読みいただき、ありがとうございます。コメントをお寄せください!

コメントする

もくじ