「街とその不確かな壁」感想 分かり合えない無力感の先にあるもの

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村上春樹さんの長編「街とその不確かな壁」の感想です。
つたない読解力ながら、この小説から感じたことをいくつか書きたいと思います。

ネタバレを含みますので、ご注意を。

もくじ

村上作品には珍しい「あとがき」で明かされる作品誕生の経緯

この小説には、村上作品には珍しくあとがきがあります。

村上さんは「あとがきを書くのは好きではない。なぜなら、あとがきは多かれ少なかれ、言い訳のようなものになってしまうから」といいつつ、作品が生まれた経緯を記しています。

あとがきによると「街とその不確かな壁」の基になっているのは、1980年に雑誌「文学界」に掲載された中編「街と、その不確かな壁」。いまだに単行本化されていない幻の作品です。

で、この中編を発展させたのが、現実世界と不思議な「壁の世界」のストーリーが交互に展開する「世界の終わりとハードボイルド」(1985年)です。

「街とその不確かな壁」は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と兄弟作品

「世界の終わり~」は最後の最後で2つの世界の関係が明かされる仕掛けが圧巻の名作。それでも村上さんは、「壁と、その不確かな壁」が成仏したと思えなかったそうで、42年後の2022年に「街とその不確かな壁」を発表したのです。

壁の世界、金色の一角獣、肉や乳製品の代用品…共通の道具立て

「街とその不確かな壁」を一読すると、壁の世界、金色の一角獣、肉の代用品、乳製品の代用品…といった道具立てが「世界の終わり~」と同じであることに気づきます。

村上さんは、読者が「あれ?この設定、前も読んだことあるな…」という違和感を持つことを見越して、あとがきに作品誕生の経緯を書いたのでしょう。

あとがきの最後には、「一人の作家が描けるモチーフの数は限られている。作家は手を変え品を変え、少ないモチーフで物語を書いていくしかない」とう趣旨の言葉を引いています。

あとがきは言い訳がましくていやだ、といいつつ、結局「言い訳」っぽく締めくくっているところが、なんともユーモラスというか、愛嬌があります。村上さんの照れが表れている感じです。

(ここから先はネタバレを含みます)

主人公「僕」はなぜ、壁の世界から現実世界に戻って来たのか?

主人公の「僕」は17歳のとき、生涯ではじめての、そして最後の心惹かれる1歳下の女性「きみ」に出会います。

「きみ」は、この世界でうまく生きていくことができないもどかしさと苦しみを「僕」に打ち明けます。

「ときどき自分がなにかの、誰かの影みたいに思えることがある」
「ここにいるわたしには実体なんかなく、わたしの実体はどこか別のところにある」
「わたしの実体は—本物のわたしは—ずっと遠くの街で、まったく別の生活を送っている。街は高い壁に周囲をかこまれていて、名前を持たない。壁には門がひとつしかなく、頑丈な門衛に護られている。そこにいる私は夢も見ないし、涙も流さない」

「きみ」は、自分が想像の中で作り上げた「壁の世界」の様子を詳細に「僕」に語ります。

やがて「きみ」は「僕」の前から姿を消します。一切の痕跡も手掛かりも残さず。

孤独でタフないつもの主人公、40歳を過ぎて「壁の世界」に迷い込む

主人公「僕」は失踪した彼女への思いを胸に秘めたまま、地元を離れて大学に進みます。そして、積極的に人とも交わらず、孤独を抱えたタフな人間として(いつもの村上作品の主人公ですね)、出版取次会社に勤め、40代を迎えます。

そしてある時、唐突に「壁の世界」に迷い込み、10代後半の姿のままの「君」と再会します。とはいえ、壁の世界の「君」は、かつて現実世界で恋人だった主人公のことを何も知りません。

あれほど思い焦がれた「君」と再会を果たしたにもかかわらず、結局、「僕」は元の現実世界に戻っていきます。自分の意志で。

主人公はなぜ、現実世界に戻る道を選んだのか。拙い読解力で想像してみたいと思います。

子易館長が語った「かつて誰かを心から愛した記憶」

主人公の決断については、いろんな想像ができます。
その手掛かり?として印象的だったのは、主人公が取次会社を辞めた後に職を得た図書館の前館長・子易さん。

子易さん、実は、この世の人ではありません。

子易さんは生前、愛する息子を失い、そのショックで壊れてしまった妻をも失っています。

主人公との対話で、こんなことを話しています。

はい、孤独とはまことに厳しくつらいものです。生きておっても死んでしまっても、その身を削る厳しさ、つらさにはなんら変わりありません。しかしそれでもなおわたくしには、かつて誰かを心から愛したという、強く鮮やかな記憶が残っております。その感触は両の手のひらにしっかり染みついて残っております。そしてその温かみがあるとないとでは、死後の魂のありかたにも大きな違いが出てくるのです」

この子易さんの話が、主人公に帰還を決断させるひとつのきっかけになったのでは?と思います。

主人公は17歳の時に、「一生に一度の相手」と出会いましたが、その相手はこの世界から去ってしまいました。40代になってようやく、異世界で邂逅を果たしたものの、決して結ばれたわけではありません。

愛する相手とたとえ結ばれることがなくても、「自分はこの相手を心から愛した」というゆるぎない記憶さえあれば、自分は生きていける。主人公はそんな風に思ったのでは…と感じます。

イエローサブマリンの少年の悲痛な告白

「街とその不確かな壁」は登場人物が極端に少ない小説です。
終盤に登場する「イエローサブマリンの少年」は、主人公が図書館長に転身してから出会う男の子。

いつも、ビートルズの「イエローサブマリン」のジャケットが描かれたパーカを着ているからこう呼ばれています。一読した本の中身をすべて暗記してしまう異能を授かっている半面、コミュニケーション能力はゼロ。

得意科目は100点で、それ以外の科目は0点。高校進学が叶わず、毎日図書館に通っています。
司馬遼太郎さんの「胡蝶の夢」に出てくる語学の天才、島倉伊之助(司馬凌海)をほうふつとさせる人物です。

主人公とイエローサブマリンの少年はやがて、壁の世界の中で何度も対話します。

少年はこういいます。

ぼくはここ以外の世界では、うまく生きていくことができません。それはなにより動かしがたい事実です。

主人公が愛した彼女が想像の中で作り上げ、自らそこに閉じこもってしまった「壁の世界」は、現実世界に適応できない人たちにとって、安全なシェルターのような場所なのでしょう。

「ぼくは壁の中でしか生きられない」というイエローサブマリンの少年の言葉は、主人公にとっては、かつて愛した彼女の声と重なって聞こえたはずです。

主人公は、幸か不幸か、現実世界でまがりなりにも生きていけるだけのタフさを持ち合わせています。
イエローサブマリンの少年の存在も、主人公が「ここは私がとどまるべき場所じゃない」と心を決める大きな材料になっています。

「分かり合えない無力感」からの達観

友だちはほとんどいなくて、理解者もほとんどいない。でも、それが苦ではない。
心を寄せる相手は、この世界では生きていけないほど傷ついている。でも自分は、その相手ほど弱くはないし、また同類でもない。結局、心を寄せる相手と一緒に生きていける場所はどこにもない。
相手と会うことが叶わない今となっては、その相手と、心が通い合っていたのかどうかも心もとない…

そんな「無力感」は、これまでの村上作品と共通します。

「街とその不確かな壁」」が、これまでとちょっと違うな、と思うのは、主人公が「相手を心から愛した記憶」があればいいじゃないかと「達観」したふしがあることです。


「相手を心から愛した記憶」の尊さについては子易さんがそう言っていただけで、主人公がそう感じたかどうかまでは描かれていませんが…

思いが伝わるかどうかは分からない。でも、精いっぱい愛したのだから、それでいいじゃないか。主人公は最後には、そんな境地に達して現実世界に戻って来たのではないか、というのが、私のつたない考察です。

「街とその不確かな壁」は電子書籍のサブスクでも読めます。

村上作品は多くがオーディオブック化されています。「忙しくて読書の時間がとれない!」という人にオススメです。「街とその不確かな壁」もいずれラインアップに加わるはず。

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