おもしろい、との評判を聞いて手に取った「ある行旅死亡人の物語」。
新聞記者が、どのようにして情報を集めて事実に迫っていくのか——ワクワクしながら読み進めました。
書いたのは、共同通信大阪社会部の武田惇志(たけだ・あつし)記者と、伊藤亜衣(いとう・あい)記者。
タイトルに出てくる「行旅死亡人」とは、身元不明で引き取り手のない死者を指す法律用語です。
元々は、旅の途中で力尽き、亡くなった人を指す言葉だそう。
武田記者、伊藤記者が負った「ある行旅死亡人」の謎と、この本を読んでグッときたポイントを書き出します。
故田中千津子さんの謎…40年独り暮らし・住民票なし・3400万円の現金
取材のネタを探していた武田記者はある日、「行旅死亡人データベース」というサイトで、身元不明の死者の情報を見ていました。
そこで目に留まったのが、2020年4月、兵庫県尼崎市のアパートで亡くなっているのを発見された女性が「3482万1350円」ものお金を持っていたという情報。
遺産相続者を探すため、裁判所に「相続財産管理人」に指名された弁護士らに話を聞くと、女性の身元はわからないことだらけ。
残された通帳などから分かった名前は「田中千津子」さん。
年金手帳に記されていた生年月日から計算すると、享年74歳。
1DKの古アパートに40年間、一人暮らし。
部屋に残っていた労災事故の記録によると、勤務していた製缶工場で事故に遭い、右手の指をすべて失っています。
尼崎市の住民登録が消去されており、本籍地も辿れず。
手紙も、電話帳も、固定電話の通話記録も一切なく、知り合いの手がかりは皆無。
北朝鮮の工作員?説も
そして金庫には3400万円もの現金・・・
ほかに星形のペンダントや、韓国のウォン札が残っていたことから、警察は「北朝鮮の工作員では?」と疑ったそうですが、とにかく手がかりがなく、推測の域にとどまったままでした。
ほかに残されていたものは、警報アラーム、ベビーベッド、くまのぬいぐるみ、
「田中」のハンコが一つと、「沖宗」のハンコが二つ…
「沖宗」姓のハンコを手掛かりに広島へ|田中さんの人生を追う探る旅
田中千津子さんの身元は、警察が手を尽くしても割り出せませんでした。
相続人を探すための「相続財産管理人」に任命された弁護士も、探偵を雇って身辺を調査したものの、お手上げ。
警察と探偵が調べても分からなかった田中千津子さんの謎に、新聞記者が一体どう迫るのか?
武田記者と伊藤記者が目を付けたのは、広島県に「沖宗」姓が多いこと。
「沖宗」は全国に100人ほどしかいない珍しい性なのだそう。
2人の記者は、田中さんの旧姓が「沖宗」だったのではないかとの仮説を基に、時間を見つけては広島に出向いて取材を重ねます。
武田記者、伊藤記者の「知りたい」の源泉は「生の一回性」への敬意
武田記者、伊藤記者は広島での「沖宗一族」に関する取材を通じて、警察も探偵もお手上げだった田中千津子さんの情報を次々に突き止めていきます。
警察と違って、捜査上の特権を持たない記者が、資料に当たり、人をたどって事実に迫る様子はゾクゾクします…!
記者の好奇心と行動力が、警察・弁護士・探偵を凌駕する
警察が田中千津子さんの素性を洗ったのは、身元を明らかにして、行政上の死亡手続きを完了させるため。
相続財産管理人を務める弁護士が田中千津子さんの身元を探偵を使ってまで探ったのは、親族を探し出して、3400万円の遺産を相続させるため(手を尽くしても身内が見つからなかった場合、3400万円は国に召し上げられます)。
どちらも、職務上の目的があってのこと。いってみれば「やらねばならないこと」であり、当然のことながら「仕事」です。
ところが武田記者と伊藤記者には、田中千津子さんの身元を突き止める職務上の目的はありません。
もちろん、「ネタを追う」という記者と動機はありますが、記事になるかどうかも定かではないミステリーを追う必要は、実のところありません。
2人の記者を突き動かしているのは、「知りたい」という欲求だけ。
この欲求の源泉は何なのか??武田記者が、こんな風に言語化しています。
死者の人生を追うこと。
新幹線の車内で、私はその言葉を反芻していた。
死者について調べることは、実は私たち記者にとってなじみ深い仕事である。(中略)
とはいえ、どれほど取材を尽くしても生前の姿を再現しきることなんてできないし、その人となりを描こうと思っても証言者によって見えてくる顔は違ってくる。夏の逃げ水を追いかけるようなもので、姿は浮かんでも決して到達できない。身元不明の行旅死亡人ならなおさらである。
それでも今、私は死者について知ろうとしている。知りたいと思う。
“死”というゆるぎない事実の上に、かつてそこに確実に存在した性の輪郭を少しずつ拾い、結び、なぞること。それは、誰もが一度きりしかない人生の、そのかけがえのなさに触れることだ。
一度きりしかない人生の「かけがえのなさ」への敬意が、「知りたい」という欲求につながっている。
そしてその「知りたい」という思いの強さが、「お仕事」として田中千津子さんの身元を洗った警察、弁護士、探偵の調査を凌駕していく――記者という人種の凄味というか、人間力を思い知らされます。
奥にあるのは、死の自分ごと化「人はいつか死ぬ」のではなく「私はいつか死ぬ」
一度きりの人生の「かけがえのなさ」への敬意。さらにその奥には、記者の死生観がありました。
あとがきにこんな一節があります。あとがきのクレジットは武田記者、伊藤記者の連名です。
ひごろ、事件、事故、災害の取材を通じて「人の死」に触れることが多い新聞記者は、おのずと死について考えることが多いのでしょう。
彼女の影を必死で追いながら、しばしば自分が死ぬ時のことを考えた。誰かがそばにいてくれるだろうか。死後、自分のことを思い出してくれる人はどれぐらいいるだろうか。
誰かの死を取材するのは記者としての日常ではあるが、やはりどこか遠い話でしかなく、日々の仕事として通り過ぎる過程に、自分の死を想像する余白はほとんど残されていない。けれども今回、千津子さんの部屋のベビーベッドに残されたぬいぐるみの姿を目にしたとき、理屈抜きに、抗うことのできない時間の流れと、自分にも必ず訪れる「終焉」の空気を、肌で感じた。”人はいつか”ではなく、”私はいつか”必ず死ぬのである。
それでも人は生きているだけで、どこかにその足跡を残す。それもこの取材で痛感させられたことのひとつだ。いや、死後でさえも人は、何かを残しうるのかもしれない。一人の死が二人の記者を、それから数多の人々を突き動かして、こうして一冊の本まで生んでしまったのだから。
「人はいつか死ぬ」ことは、誰だって分かっています。一応。
でも、「私はいつか死ぬ」という感覚を、実感を持って、明確に認識したことがある人は少ないはず。
戦争や災害で死に直面した体験でもない限り、なかなか実感できることではないのかもしれません。
田中千津子さんの生きた痕跡に触れ、「私はいつか死ぬ」というヒリヒリした実感を持った記者2人だったからこそ、かけがえのない生への敬意を常にわすれず、その敬意を「知りたい」という好奇心に転化させて事実に迫れたのでしょう。
記者という「好奇心と行動力の塊」のエネルギーに触れられる本!
この本は、ノンフィクションです。
ミステリー小説ではありません。読み終えた後に、完全なカタルシスが待っているわけではありません。
つまり、読みどころは「謎解き」ではないのです。
最大の魅力は、ナゾに迫る記者の地を這うような取材を追体験できること。
そして、記者という「好奇心と行動力の塊」のエネルギーに触れられること、だと思います。
武田惇志、伊藤亜衣「ある行旅死亡人の物語」
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