「マッカーサーの二千日」感想 保守派大物がリベラル国家を作ろうとした不思議

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袖井林二郎さんの代表作「マッカーサーの二千日」。袖井さんは占領期研究の第一人者と言われた政治学者です。2025年2月の袖井さんの訃報に触れ、読みたいと思いつつ読んでいなかったこの作品を読んでみました。

印象に残った個所をいくつか、記します。

もくじ

マッカーサーは日本に理想郷を作ろうとした?

マッカーサーは、第2次世界大戦では一度失ったフィリピンを奪還するなどした陸軍の大物。
占領軍の最高司令官として日本に来た1945年秋には、すでに65歳でした。

日本の占領統治は、マッカーサーにとって「最後の大仕事」という感じだったと想像されます(実際にはそのあと、朝鮮半島に駆り出されますが)。

共和党大統領候補に名前が上がるほどのゴリゴリの保守・マッカーサー

マッカーサーは、アメリカ本国で共和党の大統領候補に取りざたされるほどの「ゴリゴリの保守」。
その保守の大物が、戦後の日本にリベラル国家を作ろうとした、というのが興味深いです。

マッカーサーは占領統治をスムーズに進めるため、イギリスはじめ戦勝側の各国が要求していた「昭和天皇の責任追及」こそはねつけますが、そのほかの政策は超リベラルです。

占領統治では次々にリベラル政策を打ち出す

日本の軍国主義の元凶とみた陸海軍、内務省を解体。そして女性の参政権付与、労働組合の結成奨励、財閥解体、農地改革などなど。

保守派の重鎮が次々に打ち出すリベラルな政策。
このギャップは何なんだろう?と、読んでいて不思議な感じもします。想像するに…

リベラル=理想、現実=保守 日本再建に理想を投影したのでは

マッカーサーにとっては、リベラルというのは、あくまで理想。現実に対処するには、保守にならざるを得ない。せめて、自らの手で作り直すこの東洋の島国は、自分の理想を投影したい—そんな風に考えていたのかもしれません。

日本にリベラル国家を作ろう、という熱意は、実務に当たる米国側の若いスタッフの間にも充満していたことが、「マッカーサーの二千日」を読むとよく分かります。

憲法9条も「日本をユートピアに」という理想のたまもの?

1947年施行の日本国憲法には、戦力不保持をうたった憲法9条が盛り込まれました。
背景には、第2次世界大戦が記憶が生々しく残るなかで、立案に携わった米関係者の間で「平和への願い」が高まっていたから—と袖井さんは指摘しています。

軍隊を持たない国が、果たして成立するのか??という疑問は、人類の歴史を学んだことがある人なら誰もが抱くと思いますが、当時はそれだけ、戦争への忌避感が高まっていたのでしょう。

これも、「日本にユートピアを作りたい」というマッカーサーとそのスタッフの理想主義の表れだったのかもしれません。

「軍隊を持たない国」の理想は1950年にあえなく崩壊

しかし、その理想はあえなく1950年の朝鮮戦争勃発であえなく頓挫します。
日本に駐留していた米軍は朝鮮半島に投入されることになり、留守中の治安を守る部隊として、日本人による「警察予備隊」が新設されます。


GHQ最高司令官のマッカーサーが、日本政府に警察予備隊の創設を指示したのです。
これがのちの自衛隊になるのは皆さんご承知の通り。
戦力不保持をうたった日本国憲法の施行からわずか3年で、マッカーサーは理想を捨てて、再び現実主義に引き戻されたわけです。

日本はその後、「憲法9条と整合しない自衛隊」という根深い問題をずっと抱えていくことになります。
占領史を振り返ると、マッカーサーらの理想主義と、現実に引き戻されるあわただしい動きの中で、生まれたばかりの戦後日本が振り回されていたのだな…ということがよく分かります。

朝鮮戦争では再びイケイケの軍人に豹変→介入を深めようとして解任

第2次世界大戦のあと、「平和への願い」を日本国憲法に込めたはずのマッカーサーですが、朝鮮戦争の司令官として再び戦線にたつと、やはり軍人の血が騒ぎます。

米国政府は朝鮮戦争に対しては韓国軍を後方支援する「限定介入」の方針でした。
ところがマッカーサーは独断で、北朝鮮軍の背後にいる中国軍にちょっかいを出し、深入りしようとします。
ひとたび戦争になれば、全力で敵を叩きたくなるのが軍人の性。
マッカーサーはこの動きをとがめられてトルーマン大統領に解任され、GHQ最高司令官の任も解かれます。

いろんな側面を持ったマッカーサー。袖井さんによると、占領期のマッカーサーに関する研究はあまり進んでいないそうですが、もっと詳しく知りたくなります。

戦後の日本の基本形が作られた1945年からの数年間の動きが、マッカーサーを軸にするとよくわかる—この「マッカーサーの二千日」が名著と言われる理由は、読んでみるとよく分かります。

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