名著「入門経済思想史」アダム・スミス編の内容をざっくりまとめます
ロバート・L・ハイルブローナーさんの「入門経済思想史 世俗の思想家たち」(ちくま学芸文庫、2001年)は、その抜群の面白さであまたの若者を経済学専攻にいざなったといわれます。
(そのうちかなりの若者を後悔させたという説も…)
ハイルブローナーさんが描くのは、
- アダム・スミス
- カール・マルクス
- ソースタイン・ヴェブレン
- ジョン・メイナード・ケインズ
といった偉大な経済学者の学説と、人生と、人となり。
アダム・スミスの「変なおじさん」全開エピソードや、ケインズの華麗な成功ぶりなど、人物伝として読むだけでもとっても面白いです。
この記事では、「入門経済思想史」の冒頭を飾るアダム・スミス編の内容をざっくりとお伝えします。
スミス先生の主張は「市場放任主義」なのか?
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前回の記事では、私利の追求が、競争という「自動調整機能」によって抑制され、
- 価格
- 供給量
- 労働者の所得
の3つのバランスを自然に整える――というアダム・スミスの発見をたどりました。
スミス先生は、この「自動調整機能」に高い信頼を置いていました。
「入門経済思想史」では、このように表現されています。
彼の全経済哲学は、市場にはこのシステムを最高の収益点に導く力があるとの絶対的な信頼に由来していた。市場―この素晴らしい社会的機構―は、放任しておいても社会の諸要求を処理し、進化の法則を広く行きわたらせ、社会を約束された報酬に向かって引き揚げてくれることだろう。
ロバート・L・ハイルブローナー「入門経済思想史 世俗の思想家たち」(ちくま学芸文庫、2001年)
アダム・スミスの学説に飛びついたのは、新興資本家だった
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アダム・スミスの学説が評価されるようになったのは、「国富論」刊行から24年後、1800年だったそうです。スミス先生は1790年に亡くなっているから、経済学の夜明けを開いた歴史的な論文は、著者の死から10年後に日の目を見たことになります。
飛びついたのは、新興の資本家たちでした。
「自由放任礼賛」「政府の規制反対」の論拠に祭り上げられる
なぜなら、「政府の介入で自分たちの事業や利得が削られること」をなにより嫌う新興資本家にとって、スミス先生の学説はうってつけの盾であり、理論武装にピッタリの道具だったから。
スミス先生の学説は、金の亡者である新興資本家に「自由放任礼賛」「政府の規制反対」の論拠として祭り上げられました。
でも、スミス先生は生前、貪欲な新興資本家を非難していました。
でもスミス先生は「アンチ新興資本家、貧しい労働者の味方」だった
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むしろ消費者、貧しい労働者の味方だったのです。もともと、倫理学の先生ですからね。
「見えざる手」が差配する市場がもたらす恩恵についても、「国富論」にこう書いています。
(シャツ、靴、ベッド、台所用具、食卓用具、パンやビール、ガラス窓…など身の回りのあらゆるものが多くの人の生産活動によってもたらされている…という説明に続いて)
文明国のもっとも下層の者に対してさえ、何千人という多数の助力と協同がなければ、手軽で単純な様式だとわれわれが誤って想像しているような普通の暮らしぶりさえととのえてやることができない、ということがわかるだろう。
アダム・スミス「国富論」(中公文庫、2020年、大河内一男監訳)
わかるだろう、と言われても…わかりにくいです、先生。
説明が回りくどいのはイギリス人の特徴か、学者の性でしょうか。
ごく簡単にまとめると、スミス先生は
市場メカニズムの恩恵は、貧しい労働者に至るまで生活水準を高めてくれることだ
と言っているのです。
介入は何が何でもダメ、と言っていたわけじゃない
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新興資本家が「わが意を得たり」とばかりに乗っかってきたように、スミス先生は確かに、政府が市場メカニズムに余計な干渉をすることに反対でした。
社会の安全確保や、公益目的の政府事業には反対していない
一方で、社会の安全を守るため、また公益目的のために政府が働くことに対しては、反対していません。
スミス先生が挙げた政府の役割は3つ。
- 社会を暴力や侵略から守る
- すべての市民に厳格な正義の行政を提供する
- 公共施設を建設し、公共事業を継続する
このころはまだ、社会主義の思想は生まれていません。
だから、累進課税とか国民皆保険とか、のちに資本主義陣営が取り入れることになる社会主義的な政策もまだ考案されていません。
この時代には、労働者の権利保護や分配の平準化という観点から、政府が市場メカニズムにどの程度手を突っ込むべきか、という議論自体がまだないのです。
ハイルブローナーさんによると、スミス先生は決して、弱肉強食を是認する完全放任主義者ではありませんでした。
それなのに、福祉立法が検討されるたびに、強欲な事業家たちは「国富論」を盾にして「市場に介入するな」と反対の声を上げたというから、スミス先生は天国でさぞ不本意だったでしょう。
「見えざる手」の本当の敵は介入ではなく「独占」
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「入門経済思想史」によると、市場メカニズムにとっての本質的な敵は、政府の介入ではありません。
同業者の談合も「独占」と同じ|市場の自動調整機能を無効にする
本当の敵は「独占」です。
市場を独占した企業は、私利の赴くままに価格を引き上げて暴利をむさぼりかねません。
また、市場でシェアを分け合う同業者たちが密談して、「みんなでさ、値段をちょっとずつあげちゃおうよ。来月から。上げ幅は10%ね」と合意すれば、独占企業と同じことができてしまいます。
そこには「競争」という自動調整機能が働きません。
だから資本主義国は「競争の番人」を置く
だから、市場経済を尊重する資本主義国では、政府が「競争の番人」を置きます。日本では公正取引委員会がそうですね。
厳密にいうと公正取引委員会は独立行政委員会で、純粋な官庁とは位置づけが違うけど、事務局の人員は公務員だ。民から見れば「お上」であることに変わりはありません。。
お上にもいろんな顔があるものです。
たとえば、政府がある事業を許認可制にして自由な参入に歯止めをかけるのは、「競争の制限」です。
ときに市場に介入して競争を制限するお上が、「競争を邪魔するやつはいねえか~」と市場をパトロールする役割も担うなんて、考えてみればちょっと不思議な話です。
公正取引委員会のパンフレット「知ってなっとく独占禁止法」にも、こんなことが書いてあります。
競争が正しく行われていれば、市場メカニズムの働きによって、消費者がどんな商品を求めているかということが、事業者にきちんと伝わります。消費者が安くて良いものを望んでいると分かれば、事業者は自らの商品が選ばれるよう、ニーズに合った商品を供給するよう努力します。
公正取引委員会「知ってなっとく独占禁止法」(https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/dokkinpamph.pdf)
資本主義各国がそれだけ、「市場メカニズム」のもつ力、「見えざる手」の力を重く見ている、ということなのでしょう。
私利の追求と競争がせめぎ合う世界で、どう生きればよいのか
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「良いことをしようとするな、利己心の副産物として善が出てくればよい」
善いことをしようとするな、利己心の副産物として善が出てくるようにせよ、とスミスは言う。
ロバート・L・ハイルブローナー「入門経済思想史 世俗の思想家たち」(ちくま学芸文庫、2001年)
ハイルブローナーさんはこの一文で、スミス先生の考えを端的に説明しています。
どうせ仕事に就くなら、給料は高い方がいい。どうせ働くなら、誰かに貢献できる仕事がいい。その貢献を肌で感じられたら、なおいい。そのくらいのことは、就活生だって考えます。僕も考えました。
スミス先生の教えは少なくとも、人生を豊かに生きるための指針ではないような気がします。
「どう生きるか」「人生の豊かさとは何か」の答えは、たぶん経済学にはありません。その答えは、哲学か、宗教に求める方が賢明でしょう。手っ取り早い答えなら、自己啓発本に書いてあるかもしれません。
でも。
どう生きるかの答えは教えてくれないけど、スミス先生はこの社会の前提をわかりやすく示してくれました。
誰もが自分の利益を追い求めている。そこには競争がある。
私利を追うことは恥ずかしいことではない。
この「社会の真実」を若いときに知っていれば、自分には違う進路、違う生き方があったかもしれない、と思います。
このゲームをもっと楽しんでやろうじゃないか、とワクワクしながら社会に出ることができたかもしれない、と思うのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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