通読した感想―思ったより難しくない!
政治家や経営者がこぞって、愛読書に挙げる「失敗の本質」。
難しい本なのかな…と思っていましたが、そんなことはありませんでした。むしろ、とても読みやすくわかりやすい本でした。

「失敗の本質」では、
①ノモンハン事件 ②ミッドウェー作戦 ③ガダルカナル作戦 ④インパール作戦 ⑤レイテ海戦 ⑥沖縄戦
この6つをケーススタディとして、日本軍の作戦のまずさと「組織の思考のクセ」の欠陥を検証しています。
中身の紹介はほどほどに、通読して感じた陸軍、海軍の印象を簡単に書きたいと思います。
まずは陸軍から。
現実を直視せず「最後は白刃で勝つ」妄想に囚われた陸軍

陸軍はもう、絶望的にダメダメです。とくにノモンハン事件とインパール作戦は悲惨です。
分析対象となった陸戦に共通する要素は、大体同じ。
情報の軽視=敵情をろくに調べない
陸軍はとにかく情報取集をしません。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という「孫子の兵法」をまさか知らなかったはずはないと思いますが…
敵の戦力がどのくらいで、主力がどこにいるのか。どこから攻めてくると予想されるのか。そんな基本動作を徹底的に怠ります。
敵の戦力の過小評価
で、情報収集をサボタージュしまくった結果、敵の戦力を小さく見積もって「大したことはなかろう」と高をくくります。もちろん、その先には手痛い敗北しか待っていません。
補給度外視、発想が山賊
恐ろしいことに、食料や団や鵜の補給については、ハナから考慮に入れていません。
指揮官が「目の前の敵を倒して、奪えばいい」と平然と言ってのける異常さ。発想が山賊と同じで、およそ軍隊の体をなしていません。
「白刃突撃すれば最後には勝てる」という妄想
陸戦は戦車の時代に入っていたというのに、陸軍の作戦は「白刃をもって敵陣に斬り込めば、かならず敵はたじろぎ、活路が開ける」式の発想ばかり。「戦国時代から変わっていないのか??」と首をかしげたくなるほどの思考停止です。
思考停止の元凶は、元帥=天皇の神聖視?
手痛い失敗を繰り返しても、陸軍の体質は変わりません。佐藤優さんは「失敗の本質」から学び取れる教訓は「組織は変われない」ということだ、と指摘していますが、本当にその通り。
では、陸軍が何度も失敗しても変われなかった原因はなんだろう…とつらつら考えるに、元帥である天皇を神聖視していたことではないか?という気がします。「失敗の本質」は組織論の本で、この手の分析はなされていないのですが。
明治憲法では、軍の統帥権は首相ではなく天皇が握っていました。
で、日本政府は明治中期以降、天皇の神格化を進めます。司馬遼太郎さんは「坂の上の雲」の中で、権威と権力が大好きな山形有朋あたりが天皇の神格化を主導した、と指摘しています。
天皇の神格化が進んだこの時代、軍部の間には、こんな思考がはびこっていったのでは…と思うのです。
自分たちの元帥たる天皇は現人神である→われわれは神の采配のもとで戦っているのだから最後は必ず勝つ→難しいことは考えなくてよし!と。
自分たちは神の軍隊である、などという信仰はほとんど妄想です。妄想に囚われた人間に、現実をありのままに見よ、という方が無理かもしれません。日本がは負けるべくして負けたとすれば、「天皇の神格化」という政策が決定的に間違っていたのでは?と思わされます。

自分たちが「ゲームチェンジャー」だと気付かなかった海軍

続いて海軍。
「失敗の本質」の海軍に関する考察で一番面白かったのは、
日本海軍は真珠湾攻撃によって、世界の海軍の戦い方を変えた「ゲームチェンジャー」だった、という指摘。
通告なしの奇襲は非難されてしかるべきですが…。
しかも、当の日本海軍は、自分たちが「革新勢力」だということに全く気が付いていなかった、という皮肉なおまけつき。
真珠湾奇襲を受けた米海軍「これからは空母&航空機の時代だ!」と痛感
日本海軍は1941年12月、北海道の択捉島から空母を出航させます。空母はハワイの北方426キロの位置まで進出し、航空機を発進させてオアフ島の中心部にある真珠湾を爆撃します。
この奇襲で、アメリカ海軍は「これからは戦艦の時代じゃない。空母と航空機がモノをいうのだ」と痛感し、以降、空母&航空戦力を充実させていきます。
日露戦争の成功体験に酔ったまま思考停止していた日本海軍
ところが、当の日本海軍は、「海軍と言えば、巨大戦艦同士が洋上でドカンドカン打ち合うのが醍醐味だよね」という発想にとらわれたままでした。
戦艦三笠を中心とする連合艦隊がロシアを蹴散らした日露戦争の成功体験が、悪い方に作用したのです。
日露戦争で海軍を勝利に導いた伝説的参謀・秋山真之は、「このままでいい、という固定観念に囚われて変化をやめたときに、軍は衰退して他国に追い落とされる」と警鐘を鳴らしていたそうです。
しかし、秋山の指摘にも関わらず、海軍は硬直化していました。
日露戦争の成功体験が忘れられず、戦術のアップデートをサボっていたのです。
戦艦武蔵は「時代遅れの戦艦最強信仰」とともにレイテ海戦で沈む

巨大戦艦大和&武蔵は、そんな海軍の「時代遅れの戦艦最強信仰」が生んだものです。
この「戦艦最強信仰」がもはや通用しなくなっていたことは、武蔵が1944年10月、レイテ沖決戦に向かう途中で米航空機の攻撃に遭い、あえなく撃沈されたことが証明しています。
レイテ作戦では武蔵が囮役を務めたから、ということももちろんありますが。
真珠湾奇襲で「これからは空母&航空機の時代である」ことを米軍に知らしめた日本海軍は、虎の子の戦艦武蔵を米海軍の空母&航空機に沈められるという皮肉な結果に見舞われたわけです。
その後、大和もポテンシャルを発揮することなく沈没
ちなみに大和は、1945年4月、米軍が上陸を始めた沖縄への「海上特攻隊」の旗艦として巡行中、300機を超える米航空機に襲われて沈没します。
武蔵も大和も、巨大戦艦のポテンシャルをほとんど発揮できないまま散りました。
巨大戦艦は、航空機に襲撃されたら「ただの大きな的」にすぎない——。
日本海軍が巨額の費用をかけて建造した2艦は、生まれたときから「時代遅れのデカイ鉄の塊」だったのか、と思うと、なんとも切ない…。
戦艦にお金かけすぎて通信機器が脆弱だったこともレイテの敗因
ちなみに日本海軍は、戦艦大和&武蔵の建造に「一点豪華主義」といえるほどお金をつぎ込んだ結果、ほかの装備が手薄になっていました。
レイテ作戦で致命的だったのが、通信機器の脆弱さ。
艦隊を複数のルートに分けて、タイミングを合わせて攻撃を仕掛ける複雑な作戦を立てていましたが、通信不良で艦隊同士の連絡が取れず、計画通りに作戦を信仰することができませんでした。これが、レイテでの敗北の要因となります。
この点は陸軍と共通するダメダメ臭がします。「情報の軽視」という点で。
失敗には再現性があるが、成功体験に再現性はない
日露戦争の成功体験に囚われてアップデートを怠った結果、手痛い敗北を喫した海軍。
思い出すのは、野村克也さんの「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉です。
これは、「成功体験から学べることはない。失敗から学べることはたくさんある」という意味です。
なぜなら、「勝ち=成功」は、相手の失敗の帰結である可能性があるから。いちど勝ったからといって、同じ手で次も勝てるとは限りません。「勝ち=成功」には、再現性がないのです。
これに対して、「負け=失敗」については、自らのミスが必ず絡んでいます。同じミスをすれば、次も必ず負ける。つまり、「負け=失敗」には、再現性があります。だからこそ、失敗からは学ぶことができるわけです。

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